強度行動障害を対象とした日本語版BPI-Sの信頼性に関する研究信原和典稲田尚子 五味洋一要旨自傷や他害などの行動障害がある人への支援については、支援の効果をどのように評価するのかということが懸案の一つとなっている。行動障害の評価に使用できる簡便で客観的な評価尺度の開発が求められている。本研究では、欧米で広く使用されているBPI-S(Behavior Problems Inventory-Short Form:問題行動評価尺度短縮版;Rojahn et al., 2012a, 2012b)の日本語版について、強度行動障害者に対する評価者間信頼性および再検査信頼性を検討することを目的として行った。対象は、強度行動障害児者が利用する全国の事業所18施設に在籍する行動障害がある者とし、再検査信頼性の対象は42(男:女=30:12、平均年齢±標準偏差=34.23±12.45)、評定者間信頼性の対象は42(男:女=31:11、平均年齢±標準偏差=30.4±8.61)であった。評定者は、実務経験が1年以上あり、対象への直接支援を6ヶ月以上経験している者が選ばれ、再検査信頼性では2週間の間隔をあけてBPI-Sに回答した。評定者間信頼性は、対象をよく知る評定者2名がそれぞれ独立してBPI-Sに回答した。自傷行動、常同行動、攻撃的/破壊的行動の下位尺度ごとの頻度合計得点、重症度合計得点、および全体の頻度合計得点、重症度合計得点について、級内相関係数(ICC)を求めた。その結果、再検査信頼性ではいずれのICCも0.9を超え、評定者間信頼性ではICCは0.518~0.821(いずれもp<.001)の値をとり、一定の信頼性を有することが明らかとなった。日本語版BPI-Sの信頼性が明らかとなり、今後日本での実用化が待たれる。【キーワード】強度行動障害者 日本語版BPI-S 信頼性.研究目的 自傷や他害などの行動障害がある人への支援については、支援の効果をどのように評価するのかということが懸案の一つとなっている。国内においては、施策上の概念としての「強度行動障害」の創設以来、「強度行動障害判定基準表」(行動障害児者研究会,1989)や、障害程度区分および障害支援区分の認定調査項目の中の「行動関連項目」が主要な評価ツールとして用いられてきた。しかし、これらのツールは簡便ではあるものの、施策の変化に対応して項目や基準が調整されてきたことから(五味・志賀・村岡,2014)、その信頼性や妥当性、福祉領域以外への汎用性には課題が残されている。また、医療現場で開発された異常行動チェックリスト日本語版(ABC-J;小野,2006)の活用も試みられたが、項目数が多く、有償であることから、教育・福祉現場への普及は限定的で、より簡便かつ客観的に評価ができる評価尺度の開発が求められている。現在、欧米では、学校・福祉・医療施設で共通に使用できる行動障害の評価尺度として、BPI-01(Behavior Problems Inventory(問題行動評価尺度);Rojahn et al., 2001)の短縮版であるBPI-S(Behavior Problems Inventory-Short Form:問題行動評価尺度短縮版;Rojahn et al., 2012a, 2012b)が普及している。このBPI-Sは、知的障害児者の問題行動として代表的な自傷行動、常同行動、攻撃的/破壊的行動について、その頻度と重症度をそれぞれ評価する有用な評価尺度である。BPI-01およびBPI-Sは、筆者らによって翻訳されている。本研究では、BPI-Sの日本語版について、強度行動障害者に対する評価者間信頼性および再検査信頼性を検討することを目的として行う。.研究方法1.対象1)再検査信頼性 強度行動障害児者の利用実績のある全国の障害福祉サービス事業所18施設(施設入所支援、通所生活介護、福祉型障害児入所施設)に対して研究協力の依頼を行った。対象は、障害支援区分認定項目のうち行動関連項目の合計が10点以上の者とし、事業所につきケースの協力を依頼し、42(男:女=30:12、平均年齢±標準偏差=34.23±12.45)から協力が得られた。(2)評定者間信頼性強度行動障害児者の利用実績のある全国の障害福祉サービス事業所18施設(施設入所支援、通所生活介護)に対して研究協力の依頼を行った。そのうち、17施設は評定者間信頼性に関する研究協力を依頼した18施設とは異なる施設に依頼した。対象は、障害支援区分認定項目のうち行動関連項目の合計が10点以上の者とし、事業所につきケースの協力を依頼し、42(男:女=31:11、平均年齢±標準偏差=30.4±8.61)から協力が得られた。2.方法(1)再検査信頼性対象者をよく知る評定者に、週間の間隔をあけて回、BPI-Sに回答してもらった。評定者は、知的障害児者への支援に関する実務経験が1年以上あり、対象への直接支援をヶ月以上経験していること条件に、各事業所で選定してもらった。評定者には、回目の評定を行う際に、回目の評定を参照したり、回目の結果と比較して修正したりしないよう依頼した。(2)評定者間信頼性 対象をよく知る評価者がそれぞれ独立してBPI-Sに回答してもらった。評定者は、知的障害児者への支援に関する実務経験が年以上あり、対象への直接支援をヶ月以上経験していること条件に、各事業所で選定してもらった。各評定者には、互いの評定を比較して結果を擦り合わせたりせず、独立して評定するよう依頼した。3.尺度BPI-Sは、知的障害あるいはその他の発達障害のある人の自傷行動、常同行動、攻撃的/破壊的行動について、対象者をよく知る他者記入式の質問紙である。全30項目からなり、下位尺度は自傷行動項目、攻撃的/破壊的行動10項目、常同行動12項目、である。行動上の問題とするためには、当該項目が少なくとも過去2か月の間に1回以上生起する必要がある。BPI-01の短縮版であるがBPI-01の項目と全く同じものと、BPI-01の項目から抜粋し統合したりしているものがあり、自傷行動項目のうち前者は項目、後者は項目である。攻撃的/破壊的行動10項目のうち前者項目、後者項目、常同行動12項目のうち前者は項目、後者は項目である。各項目は、頻度と重症度を分けて評定するようになっているが、常同行動については頻度のみを評定する。頻度は件法(=一度もない、1=1ヵ月に一度、2=1週間に一度、日に一度、時間に一度)で評定し、重症度は件法(=問題なし、=軽度の問題、=中度の問題、=重度の問題)で評定する。得点が高くなるほど、頻度が高くなり、また重症度も重くなる。自傷行動の包括的定義は、「自傷行動は、自分自身の身体に損傷を与える行動を指す;例:損傷は、すでに起きている場合もあれば、それをやめさせなければ起きることが予想される場合もある。自傷行動は同じやり方で何度も何度も繰り返され、その人に特徴的な行動である。」、常同行動の包括的定義は、「常同行動は、一般の人には異常で、奇妙で、不適切に見えるものである。常同行動は、同じやり方で何度も何度も繰り返される自発的な行為であり、その人に特徴的な行動である。しかしながら、常同行動は、身体的な損傷を引き起こさない。」、攻撃的/破壊的行動の包括的定義は、「攻撃的/破壊的行動は、 攻撃的な行為であり、また他の人や物に直接向けて明らかな攻撃をすることである。攻撃的/破壊的行動は、同じやり方で何度も何度も繰り返され、その人に特徴的な行動である。」とされている。4.解析再検査信頼性、評定者間信頼性いずれについても、自傷行動、常同行動、攻撃的/破壊的行動の下位尺度ごとの頻度合計得点、重症度合計得点、および全体の合計得点について、級内相関係数(ICC)を求めた。5.倫理面への配慮本研究は、独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園研究倫理委員会の承認を受けて行われた。対象者は知的障害があり、本研究の内容に関する同意を得ることは難しいため、代諾者に書面で説明し、同意を得た。.結果 に再検査におけるICCを示した。下位尺度および合計の頻度得点および重症度得点はすべて0.9を超え、良好な信頼性を有することが明らかとなった。に評定者間におけるICCを示した。自傷行動の重症度得点および攻撃的/破壊的行動の頻度得点のICCはいずれも0.8を超え良好な信頼性を有し、自傷行動の頻度得点、合計の頻度得点、重症度得点のICCはいずれも0.7を超え一定の信頼性を有することが明らかとなった。一方、攻撃的/破壊的行動の重症度得点および常同行動の頻度得点のICCは0.5~0.6の範囲を示し、中程度の信頼性を有することが示された。 SEQ 表 \* ARABIC 1 再検査間による対象のBPI-S得点1回目n=422回目n=42ICC自傷行動       頻 度6.436.62.935***           重症度4.024.05.937***攻撃的/破壊的行動  頻度7.987.90.942***           重症度6.316.19.911***常同行動       頻 度20.4020.88.940***合計         頻 度34.8135.40.954***           重症度10.3310.24.927****** p<.001 SEQ 表 \* ARABIC 2 評定者間による対象のBPI-S得点および級内相関係数(ICC評定者1n=42評定者2n=42ICC自傷行動       頻 度6.867.62.747***           重症度4.935.10.821***攻撃的/破壊的行動  頻度9.508.17.801***           重症度8.336.86.637***常同行動       頻 度21.8920.17.518***合計         頻 度38.2435.95.721***           重症度13.2611.95.740****** p<.001.考察本研究により、日本語版BPI-Sの再検査信頼性および評定者間信頼性が検討された。その結果、良好な再検査信頼性および十分な評定者間信頼性を有することが示唆された。しかしながら、同時に評定者間信頼性に関しては一定の課題を有することが明らかとなった。一部の下位尺度項目である攻撃的/破壊的行動の重症度得点および常同行動の頻度得点では、ICC係数が0.5~0.6の範囲にあり、中程度の信頼性を示している。このことは、他の下位尺度と比して評定者によって評価が分かれやすい項目であると考えられる。本研究では、評定者として実務経験が年以上あり、対象への直接支援をヶ月以上経験している者人を選出した。従って、対象の行動については比較的よく理解している者であると考えられるが、この評価の差異が対象に一日に接する時間数、あるいは週あたりに接する時間数の差異によるものなのか、今後より詳細な検討が必要である。この評定者間信頼性を高める方法が明らかになることにより、BPI-Sの評定に必要な研修内容に示唆を与える事になると考えられる。.結論 本研究により、日本語版BPI-Sは十分な評定者間信頼性および再検査信頼性を有することが示唆された。文献1)五味洋一・志賀利一・村岡美幸強度行動障害の判定基準における基準点および把握される対象者像の検討障害程度区分および障害支援区分の行動関連項目の比較から.国立のぞみの園紀要,第7号,60-7120142)小野善郎訳著,Aman, MG., Singh, NN著異常行動チェックリスト日本語版(ABC-J)3)Rojahn J, Matson JL, Lott D, Esbensen AJ, Smalls Y.(2001) The Behavior Problems Inventory: an instrument for the assessment of self-injury, stereotyped behavior, and aggression/destruction in individuals with developmental disabilities. J Autism Dev Disord. 31, 577-88. 20064)Rojahn J, Rowe EW, Sharber AC, Hastings R, Matson JL, Didden R, Kroes DB, Dumont EL. The Behavior Problems Inventory-Short Form for individuals with intellectual disabilities: part I: development and provisional clinical reference data. J Intellect Disabil Res. 56, 527-45. doi: 10.1111/j.1365-2788.2011.01507.x. Epub 2011 Dec 12. 20125)Rojahn J, Rowe EW, Sharber AC, Hastings R, Matson JL, Didden R, Kroes DB, Dumont EL. The Behavior Problems Inventory-Short Form for individuals with intellectual disabilities: part II: reliability and validity. J Intellect Disabil Res. 56, 546-65. doi: 10.1111/j.1365-2788.2011.01506.x. 2012 鳥取県厚生事業団(元 国立重度知的障害者総合施設のぞみの園) 帝京大学 文学部心理学科 群馬大学 大学教育・学生支援機構学生支援センターIneko Kato小金澤孝太32018-06-26T06:02:00Z2022-10-26T05:36:00Z2022-10-28T04:35:00Z1659025146Microsoft Office Word04212falseタイトル1北九州市立八幡病院false6036falsefalse16.0000