養護者による障害者虐待事案の分離保護に関する研究―分離保護実績のある5自治体の聞き取り調査より―大村美保志賀利一 信原和典2 五味洋一 相馬大祐2 【要旨】 分離保護を行ったかなり深刻な養護者による虐待事案について,障害者虐待への対応が実態として機能する5自治体に聞き取り調査を行った.自治体の体制には明確な具体的共通点があるわけではないが,自治体の規模や自治体の職員養成方針,市町村における連携協力体制の関係性との関連が示唆された.事例調査からは,①障害者虐待を受けた障害者の自立の支援を鑑みてケースに応じた対応の判断が非常に重要であり,それを踏まえた人材養成及び研修のあり方を検討する必要,②ケースにより適切な分離方法が異なるとともに,分離保護に関する自治体による方針の違いの存在,③障害者虐待防止法以外の分野の虐待等に関する法律との連携や協働が求められる事例の存在,④精神障害者の分離保護先の確保も含めて各自治体の分離保護先の確保の実態と課題を改めて確認し,他分野との連携及び広域的な整備についても検討する必要,の4点が示唆された.【キーワード】 養護者による障害者虐待 分離保護 自治体 事例 Ⅰ.研究の背景と目的障害者虐待防止法が平成24年10月に施行され2年半が経過した.市区町村は法の定めにより虐待の事実確認及び対応を行うことが求められる.国調査により市区町村の対応状況を見ると,平成25年度に全国で受け付けた養護者による障害者虐待の相談・通報は4,635件(前年度比+1,375件)1)2)であり,1市区町村あたりに換算すると年間2.7件となるが,これには年間10件以下の7県を含む.養護者による虐待への市区町村の対応経験には大きな差が存在し,圧倒的に経験が不足する自治体が少なくないことが推測される.本研究の目的は,全国の自治体の参考に資するよう,分離保護を行ったかなり深刻な養護者による虐待事案について,対応経験のある自治体等に対する聞き取り調査によりその対応の実態を探索的に把握するとともに,分離保護を行う上での課題を明らかにすることである.Ⅱ.研究方法障害者虐待防止及び被虐待障害者・養護者に対する支援に先進的に取り組む市区町村及び障害者虐待防止センターを検討委員会で挙げ,人口規模ならびに地理的条件を考慮して5ヶ所を選定した(表1).調査前にインタビューガイドを示したうえで訪問もしくは電話により半構造化インタビューを行った.聞き取り項目は,障害者虐待防止にかかる自治体の体制,事例の概要,分離保護の判断基準とプロセス,関係機関との関係,保護先の確保,顛末であった.本研究の手続きについては国立のぞみの園調査研究倫理審査委員会で承認を得ている.表1 調査対象虐待防止センターとしての位置づけさいたま市障害福祉課―さいたま市北区支援課直営伊勢原市障害福祉課直営蒲郡市障がい者支援センター委託足立区障がい福祉センターあしすと直営堺市障害福祉部直営Ⅲ.結果と考察1.虐待対応の体制整備障害者虐待の防止,障害者虐待を受けた障害者の迅速かつ適切な保護及び自立の支援,適切な養護者に対する支援を行うための体制整備への努力が,障害者虐待防止法(以下,法とする)第4条第1項に国及び地方公共団体の責務として規定されている.ここでは,調査対象となった自治体の虐待対応の体制整備についてみていくこととする.調査を行った5ヶ所のうち4ヶ所は直営の虐待防止センターであった.虐待対応の体制は,いずれも仕組みと人材配置・育成の両面で工夫が図られており,その内容は自治体により違いが見られた(表2).特徴を以下に挙げる.高齢部門と障害部門の虐待対応の体制に重なりを持たせる.(伊勢原市)経験豊富で力量の高いワーカーを市内1ヶ所の直営の虐待防止センターに集中的に配置する.(堺市)障害種別を考慮して虐待防止センター機能を3ヶ所の行政機関(直営の相談支援事業所,福祉事務所,保健センター)に分散させ,それぞれの受付機関が対応方針の協議,事実確認,緊急性の判断を行う.直営の相談支援事業所は対応後の事例蓄積,指導助言,介入支援を行う.(足立区)各区支援課及び各区委託相談支援事業所に虐待防止センターの機能を持たせ,各区支援課が対応に当たる.市障害福祉課はバックアップ機関として機能する.ワーカーの力量差や経験を補うためマニュアルで市としての相談支援指針を定める.分離等の介入について最終判断を行う管理職に対し研修を強化する.(さいたま市)また,調査を行った中では委託による虐待防止センターは1ヶ所であった.社会福祉協議会の運営による基幹相談支援センターが市内唯一の委託先となっており,経験豊富で力量の高い相談支援専門員が配置されていた(蒲郡市障がい者支援センター).本調査の調査対象は,次項の分離保護事例からも見てとれるようにいずれも分離保護及びその後の自立支援に迅速に対応しており,障害者虐待への対応が実態として機能している自治体といえる.今回の探索的な調査からは,そうした自治体の体制には明確な具体的共通点があるわけではないことが指摘できるとともに,自治体の規模や自治体の職員養成方針ⅰ等によって実際に機能できる体制は異なることが推測される.今後,法第34条に規定する「障害者の福祉又は権利の養護に関し専門的知識又は経験を有」する職員の配置,ならびに法第35条の「市町村における連携協力体制」との関係性について自治体の規模も考慮した更なる調査研究が求められ,それを踏まえて法第4条第1項に規定する「必要な体制整備」のあり方についての検討が求められる.表2 虐待対応の体制上の工夫伊勢原市市の虐待対応の仕組みには4つのレベルの会議がある.ネットワーク会議(医師会・弁護士等:年1回)実務担当者会議(高齢担当課・障害担当課,地域包括支援センター,ケアマネージャー,相談支援,事業所代表:年3回)虐待初動会議(虐待案件の初動会議:随時)緊急作戦会議(虐待案件として対応している間のケース会議:随時)②は高齢部門と障害部門で合同,③④はケースによる.障害者虐待の通報件数は年間20件程度と少ない.高齢と障害を合同の仕組みにした理由は,知的障害者や精神障害者で高齢の家族等に対する暴力等がこれまでの経験からある程度想定され,そうした事例に関して共に対応する必要があるため.さいたま市各区支援課と委託相談支援事業所が虐待防止センターの機能をもつ.虐待の判断と対応は支援課が福祉事務所として行い,障害福祉課はバックアップ.支援課は初動にあたり虐待案件として扱うかが懸案だが,障害福祉課としては虐待という前提で支援をして,最終的に判断ができればよいと考えている.権利擁護センター(社会福祉協議会へ委託)に医師と弁護士を配置し,支援課や相談支援事業所,地域包括支援センターなどがケース相談できる体制もある.ノーマライゼーション条例があるため虐待防止法の範囲にとどまらない虐待(例えば学校)についても把握・対応する.また,虐待対応も含めて市としての障害者相談支援指針(マニュアル)があり,ケースワーカー個人の力量ではなくシステムとして対応できるようにしている.その一方で最終的な介入や分離等の判断は支援課長であるため,管理職レベルでの研修を強化していく方針.足立区虐待通報の受付窓口は,あしすと(3障害)/福祉事務所(知的・身体)/保健総合センター(精神)の3ヶ所(いずれも直営).対応方針の協議,初期段階の事実確認に基づく緊急性の判断は障害種別に関わらず受付を行った機関で行う.対応を行ったあとの事例の蓄積,指導助言,介入支援はあしすとが行い,本庁は都への報告を担う.なお,施設等虐待も含めて「事実がわかったらすぐ」(即日)区に電話連絡するよう徹底.文書は後付けでもよいとしている.堺市障害施策推進課相談支援係が虐待防止センターを担当.障害虐待窓口の専用電話回線がある.職員は8人体制,うち常勤4名は市の現業経験が豊富な職員でいずれも社会福祉士または精神保健福祉士の有資格者である.夜間は宿直が電話を受け付け,部・課の管理職と職員の2人組3班が交替で対応する.通報があるとまず課内で吟味し,緊急性とケースに接触するタイミングを検討するが,課内会議を待たずに各種照会を始めることもある(窓口相談履歴,手帳情報,生活保護,自立支援医療の状況等).コア会議は緊急に召集されることもあればまとめて報告ということもある.コア会議には市のほか,当該区地域福祉課,更生相談所,こころの健康センター,当該区の基幹相談支援事業所が参加.年間通報件数は112件と多く,うち警察からの通報が43件で,大阪府警は警視庁通達に基づき障害者虐待を遺漏なく虐待防止センターに通報してくる.蒲郡市委託相談支援事業所は市内に5ヶ所,うち当該センター(運営は社会福祉協議会)1ヶ所が基幹センターであり,市内唯一の委託虐待防止センターとして法施行前の平成24年4月に稼動開始.他法人で現場経験を積み相談支援専門員としての経験も高い職員が基幹センターの中心的な役割を担っている.2.事例にみる分離保護の現状と課題(1)ケースに応じた対応の判断聞き取った8事例の分離保護の現状と課題を以下に述べる.各事例については自治体や支援機関の名称を伏せて表記し,事例の内容を損なわない程度に改変するなど,個人が特定されないよう配慮した.これら事例に特徴的であった分離保護の現状と課題について以下に述べる.まず,虐待との判断をしてから介入までにかかる時間はケースにより異なる点が指摘できる.多くの事例では比較的早期に介入(分離保護を含む)が行われていた.これらの比較的早期に介入が行われた事例には,被虐待障害者本人が被虐待の相談や通報を行った場合(事例2,事例6,事例8),被虐待障害者以外の世帯構成員も被害に遭っている場合(事例7),別世帯のきょうだいが発見・通報した場合(事例4,事例5)といった共通点があった.その一方で,自治体では分離との判断が早々に行われた後に,被虐待障害者本人や養護者の納得や同意に時間のかかる事例も見られた(事例1,事例3).【比較的早期に介入及び分離保護が行われていた事例】〇本人が被虐待の相談や通報を行った場合兄からの身体的虐待.本人が通所先に訴えて発覚,その当日にショートステイにより分離.(事例6)〇被虐待障害者以外の世帯構成員も被害に遭っている場合 薬物使用の兄からの身体的虐待.母が通報の意思をもって本人を通院させたことがきっかけで発覚した当日に分離保護に至る.父母と妹も被害者で父母は高齢者施設,妹はDVのシェルターで保護.(事例7)〇別世帯のきょうだいが発見した場合同居の父からの身体的虐待.別居の妹が発見して通報,医療機関の受診.その当日にショートステイにより分離.(事例5)【納得や同意に時間がかかる事例】〇精神障害のある本人に対して別世帯の実子が経済的虐待.本人に被虐待との認識がなく,時間をかけて説明し分離について本人の同意をとった.分離保護の後,単身アパートでの生活を開始したが本人は現在も十分に納得しきれていない様子がある.(事例3)被虐待障害者本人や養護者の納得や同意に時間のかかるこうした事例の存在は,法第41条に規定する障害者虐待を受けた障害者の自立の支援との関連が指摘できる.被虐待障害者が地域において自立した生活を円滑に営むためには,虐待者である養護者との関係を考慮せざるをえず,虐待者との関わりや再統合も含めて対応を考える必要がある.そのため,慎重かつ比較的長期にわたって被虐待障害者本人と虐待者双方による「納得」や「同意」のプロセスが重要となってくる.迅速で適切な支援が求められる一方で,虐待対応の回復期について継続的かつ一貫した支援3)を考慮した結果として,ケースによっては慎重に対応すべきものがあるといえよう.今回の調査では,児童虐待や高齢者虐待と比較して障害者虐待ではケース進行が緩やかであることを複数の調査対象から聞き取っており,これを裏付けるものと考えられる.以上から,養護者による障害者虐待ではケースに応じた対応の判断が非常に重要であり,それを踏まえた人材養成及び研修のあり方を検討する必要がある.(2)分離の方法養護者による障害者虐待により生命または身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められる障害者を一時的に保護するために,身体障害者福祉法と知的障害者福祉法に規定するやむを得ない事由による入所等の措置を講ずることが法第9条に規定されている.今回収集された事例では,やむを得ない事由による措置の適用については以下のように多様であった. 〇措置で分離し,サービス支給決定が出た段階で契約に切り替えた(事例2,事例5)〇特例介護給付決定を行って,契約によるショートステイ利用により分離したため措置は行っていない(事例4,事例6)〇受給者証があり契約によるショートステイで分離したため措置は行っていない(事例1,事例8)〇精神科病院に入院したため措置は行っていない(事例3,事例7)今回の探索的な調査の結果からは,ケースによりその適切な分離方法は異なるとともに,分離保護先のサービスを利用するための受給者証がない場合に措置で分離する自治体もあれば,特例介護給付で対応するため初めから契約で分離する自治体もあるなど,自治体による方針の違いの存在も指摘できる.各自治体ではケースに対応しうる複数の分離方法を準備・検討することにより,迅速かつ適切な対応が可能となると推測される.(3)他分野の虐待に関する制度との連携・協働今回収集した8事例のうち3事例では,高齢者虐待,児童虐待,配偶者からの暴力等,他分野における虐待等に関する法律との関連が指摘できる.〇被虐待障害者のほかに世帯内に被虐待者が複数おり,児童虐待事案,高齢者虐待事案としても対応を行った(事例6,事例7)〇障害者虐待として対応したが,当該事例は高齢者虐待,あるいは配偶者からの暴力にも該当する(事例8)このように,障害者虐待防止法以外の分野の虐待等に関する法律との連携や協働が求められる事例が存在することが指摘できる.こうした複合的な事例の検討により,これら法制度全般の連携・協働のあり方及び具体的な方法等について検討が求められる.(4)分離保護先の確保 法第10条には市町村が養護者による障害者虐待を受けた者の一時的な保護を行うための居室の確保が規定される.今回収集した事例において実際の分離保護先の確保の状況は以下のようであった.〇行政が他県も含めて空床のある障害者支援施設を探し即日分離した(事例6)〇他市にある県立精神保健福祉センターの自立訓練事業を分離保護先とした(事例2)〇やむなく虐待防止センターを緊急的に分離保護先として設定した(事例3)特に被虐待障害者が精神障害者の場合は,身体障害・知的障害に比べて分離保護先の確保及び設定が難しく,苦慮することも併せて聞き取った.具体的には,既に分離保護先として居室を確保してある障害者支援施設の環境では不適であること,やむなくビジネスホテルの利用を行ったケースもあったこと,やむなく精神科病院への任意入院を選択したが本来的には医療機関で対応すべき事案ではないことが挙げられた.分離保護先の確保について自治体の持つ課題を改めて確認するとともに,高齢者虐待,児童虐待,配偶者からの暴力等,他分野との連携及び広域的な整備についても検討する必要がある. Ⅳ まとめと今後の課題 本調査は,分離保護を行ったかなり深刻な養護者による虐待事案について,対応経験のある自治体等に対する聞き取り調査によりその対応の実態を探索的に把握し,併せて分離保護を行う上での課題を明らかにすることであった.聞き取り調査では,分離保護及びその後の自立支援に迅速に対応しており,障害者虐待への対応が実態として機能している5自治体からその体制について聞き取るとともに,8事例を収集した.まず,実態として機能できる自治体の体制には明確な具体的共通点があるわけではないことが示唆された.今後,自治体の規模や自治体の職員養成方針,市町村における連携協力体制の関係性を踏まえたさらなる調査研究を行い,必要な体制整備のあり方についての検討が求められる.事例調査からは,第一に,被虐待障害者本人や養護者の納得や同意に時間のかかる事例が存在し,障害者虐待を受けた障害者の自立の支援との関連が指摘できる.迅速で適切な支援が求められる一方で,虐待対応の回復期について継続的かつ一貫した支援を考慮した結果として,ケースによっては慎重に対応すべきものがあることが示唆される.養護者による障害者虐待ではこうしたケースに応じた対応の判断が非常に重要であり,それを踏まえた人材養成及び研修のあり方を検討する必要がある.第二に,分離方法についてはケースにより適切な方法は異なるとともに,分離保護に関する自治体による方針の違いの存在が示唆される.各自治体ではケースに対応しうる複数の分離方法を準備・検討することにより,迅速かつ適切な対応が可能となると推測される.第三に,障害者虐待防止法以外の分野の虐待等に関する法律との連携や協働が求められる事例が存在する.こうした複合的な事例の検討により,これら法制度全般の連携・協働のあり方及び具体的な方法等について検討が求められる.第四に,精神障害者の分離保護先の確保も含め,各自治体の分離保護先の確保の実態と課題を改めて確認するとともに,高齢者虐待,児童虐待,配偶者からの暴力等,他分野との連携及び広域的な整備についても検討する必要がある.注ⅰ 福祉部門を総合職が担うジェネラリスト志向か福祉専門職が担うスペシャリスト志向かといった視点が考えられるが,その他の分析軸についても検討が必要である.付記 本研究は,厚生労働科学研究費補助金事業「障害者虐待の防止及び養護者・被虐待障害者の支援のあり方に関する研究」(研究代表者:志賀利一)の一部として実施された.文献1)厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域生活支援推進室:平成25年度 「障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果報告書(2014).2)厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域生活支援推進室:平成24年度 「障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果報告書(2013).3)鈴木敏彦:わが国における障害者虐待の現状と課題.さぽーと,2014.11,46-52(2014).PAGE \* MERGEFORMAT56国立のぞみの園紀要第8号 筑波大学人間系(元 国立重度知的障害者総合施設のぞみの園研究部) 筑波大学障害学生支援室(元 国立重度知的障害者総合施設のぞみの園研究部) 国立重度知的障害者総合施設のぞみの園研究部PAGE \* MERGEFORMAT57t-shiga小金澤孝太32015-06-23T07:49:00Z2022-11-15T07:13:00Z2022-11-16T01:29:00ZNormal5711676654Microsoft Office Word05515falseタイトル1FJ-USERfalse7806falsefalse16.0000